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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)3268号 判決 1999年12月15日

原告

石富信子

被告

小倉英司

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、金七一一一万二八〇〇円及びうち金六四一一万二八〇〇円に対する平成三年四月一八日から、うち金七〇〇万円に対する平成九年四月一五日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(本件事故)

(一)  日時 平成三年四月一八日午前九時二〇分ころ

(二)  場所 名古屋市北区金城通二丁目九番一五号先路上

(三)  加害車両 被告株式会社丸徳運送(以下「被告丸徳運送」という。)保有、被告小倉英司(以下「被告小倉」という。)運転の普通貨物自動車(尾張小牧一一い三八一五)

(四)  被害車両 名鉄交通株式会社所有、坂口一男運転、原告客として同乗の普通乗用自動車(タクシー)(名古屋五五き九八五)(原告、土居恭子、見置まゆみが客として同乗)

(五)  態様 加害車両が停止中の被害車両に追突したもの

2(責任)

被告小倉は、前方不注視等の過失があり(民法七〇九条)、被告丸徳運送は加害車両の保有者としての責任(自動車損害賠償保障法三条)及び被告小倉をその従業員として雇用するものであり、被告小倉はその業務として加害車両を運転していたものであるから、使用者責任(民法七一五条)を負う。

3(受傷状況)

原告は、本件事故により頸部・腰部挫傷、頸椎不安定症、ヘルニア等の傷害を負い、平成四年四月六日から同年一〇月二四日まで二〇二日間入院し、その後通院加療し、平成七年一一月六日には労働者災害補償保険法による傷害補償給付に関する処分として八級と認定された(症状固定日・平成五年一〇月一八日)。

また、原告は全日本空輸株式会社において、客室乗務員として勤務していたが、本件事故日から平成七年七月六日まで休職を余儀なくされた。

4(損害)

(一)  交通費 二九万五五七〇円

(二)  休業損害 一九一〇万九二九九円

本件事故前の年収 七六二万二八三五円

本件事故日(平成三年四月一八日)から脊柱に運動障害を残す症状固定日(平成五年一〇月一八日)まで九一五日間休業

(三)  治療費(本人支払分) 一〇四万一七六五円

(四)  入院雑費 二八万四二〇〇円

入院二〇三日、一日一四〇〇円の割合

(五)  付添料 二万三五〇〇円

(六)  逸失利益 五四九二万一四一三円

本件事故当時の年収 七六二万二八三五円

後遺障害等級 八級二号(労働能力喪失率四五パーセント)

労働可能年数 二七年(六七歳まで)(ホフマン係数一六・八〇四四)

(七)  慰謝料 一一一九万円

(1) 入通院分 三〇〇万円

(2) 後遺障害分 八一九万円

(八)  弁護士費用 七〇〇万円

よって、原告は被告らに対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条、七一五条による損害賠償請求権に基づく一部請求として、各自、金七一一一万二八〇〇円及びうち弁護士費用を控除した金六四一一万二八〇〇円に対する本件事故の日である平成三年四月一八日から、うち弁護士費用金七〇〇万円に対する不法行為後である平成九年四月一五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

本件事故は、被害車両と加害車両が交差点において連続して停止していたところ、クラッチに乗せられた加害車両の運転者の足が滑って加害車両が前方に動き、被害車両に追突したものである。

2  同2のうち、被告小倉に過失があること(ただし、過失の内容は、前方不注視ではなく、クラッチの等の運転装置の適切な操作を誤ったことである。)、被告小倉が民法七〇九条の責任を負うこと、被告丸徳運送が自動車損害賠償保障法三条及び民法七一五条の責任を負うことは認める。

3  同3のうち、本件事故により原告が頸部・腰部捻挫の傷害を負ったことは認め、頸椎不安定症、ヘルニア等の傷害負ったことは否認し(仮に右各傷害が認められるとしても同傷害と本件事故との因果関係を争う。)、原告が、平成四年四月一六日から同年一〇月二四日まで入院したこと(本件事故との因果関係は争う。)、平成四年一〇月二四日の後通院加療を行ったこと(本件事故との因果関係は争う。)、原告が労働者災害補償保険法による後遺障害等級八級の認定を受けたことは認め、症状固定日は争い、原告が全日本空輸株式会社において客室乗務員として勤務していたことは認め、本件事故日から平成七年七月六日まで休職を余儀なくされたことは争い、その余は知らない。

(一) 本件事故の軽微性

本件事故の態様は前記のとおりであり、本件事故により被害車両はリヤバンパーに損傷を受けたが、右損傷に対する修理費は五万一六〇三円である。

このように本件事故は極めて軽微な追突事故である。

(二) 原告の入通院状況

(1) 杉山病院 平成三年四月一八日通院

(2) 箕面市立病院 平成三年四月一九日から平成四年一月一三日まで通院(実通院日数三四日)

(3) 田中整体物療院 平成三年五月一一日から同年一二月二六日まで通院(実通院日数二八日)

(4) 住友病院神経内科 平成三年一〇月二一日から平成六年二月三日まで通院(実通院日数不明)

平成五年一〇月二二日から同月二三日まで入院

(5) 大津市民病院 平成四年四月六日から同年七月一七日まで入院

平成四年七月一七日から平成七年八月二八日まで通院(実通院日数一〇日)

(6) 琵琶湖中央病院 平成四年七月一六日から同年一〇月二四日まで入院

(三) 症状固定時期

原告は、前記のとおり数々の病院において入通院加療を行っているが、箕面市立病院での診断は、「X線検査で異常なし」、「神経学的所見異常なし」であり、田中整体物療院の診断は、「経過良好、治癒」となっている。

以上の点と本件事故が軽微なことに鑑みれば、原告の本件事故による傷病は、少なくとも事故から約一年後の平成四年三月三一日には治癒ないし症状固定となっている。

4  同4(一)は知らない。

同4(二)のうち、本件事故前の年収が七六二万二八三五円であることは認め、その余は否認する。

同4(三)は認める。

現実の治療費の総額は、四六五万七五九五円である。

同4(四)は否認する。

本件事故と入院治療との因果関係を争う。

同4(五)は否認する。

原告の年齢、傷病の部位・程度に鑑み、付添の必要がない。

同4(六)は否認する。

同4(七)は争う。

同4(八)は知らない。

三  抗弁

1(素因)

(一)  身体的素因

原告は、飛行機搭乗中の事故により、本件事故前から頭痛を訴えていたものであり、第五、第六頸椎に古い椎間板ヘルニアが存在していたうえ、後縦靭帯骨化症(後縦靭帯骨化症は経年的に発生する。)も併存しており、第四、第五頸椎が不安定となっていた。

以上の身体的素因が本件事故による傷病の治療に影響したことは疑いがない。

(二)  心的素因

原告の治療が長期化したのは心因の影響がある。

2(損害填補) 二八六六万七七七七円

(一)  自賠責保険金(後遺障害分) 八一九万円

(二)  労災療養補償給付 三一〇万四七一〇円

(三)  労災休業補償給付 六〇九万三二五二円

(四)  労災障害補償給付 七七八万八九五五円

(五)  任意保険会社内払 三四九万〇八六〇円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  同2(一)ないし(四)は認め、(五)は知らない。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(責任)のうち、被告小倉に過失があること(証拠〔甲五、弁論の全趣旨〕によれば、過失の内容は、クラッチ等の運転装置の適切な操作を誤ったことであることが認められる。)、被告小倉が民法七〇九条の責任を負うこと、被告丸徳運送が自動車損害賠償保障法三条及び民法七一五条の責任を負うことは当事者間に争いがない。

三  請求原因3(受傷状況)

1  証拠(乙一の1、2)によれば、本件事故による被害車両の損傷は、後部バンパーのみであり、その修理費は五万一六〇三円であったことが認められ、本件事故は比較的軽微な追突事故であったといえる。

2  原告が、本件事故により頸部・腰部挫傷の傷害を負ったこと、平成四年四月六日から同年一〇月二四日まで入院し、その後通院加療を受け、労働者災害補償保険法による傷害補償給付に関する処分として八級と認定されたことは当事者間に争いがない。

3  証拠(甲三の1、2、四、乙二の1、三の1、四の1、五、六の1、12、七の1、八ないし一一、一二の1ないし17、一三、一四、一五の1ないし22、一六の1ないし6、一七の1ないし3、一八の1ないし5、一九ないし二九、三五の1ないし4)によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、本件事故後次のとおり入通院治療を受けた。

(1) 杉山病院 平成三年四月一八日通院

傷病名 頸部・腰部挫傷

(2) 箕面市立病院 平成三年四月一九日から平成四年一月一三日まで通院(実通院日数三四日)

傷病名 頸部・腰部挫傷

頸部、腰部の痛みがあったが、レントゲン検査で異常なく、神経学的異常所見はなく、初診時は知覚異常もなかった。

(3) 田中整体物療院 平成三年五月一一日から同年一二月二六日まで通院(実通院日数二八日)

傷病名 頸部・肩背部・腰部症候群

(4) 住友病院神経内科 平成三年一〇月二一日から平成六年二月三日まで通院(実通院日数不明)

平成五年一〇月二二日から同月二三日まで入院

(5) 大津市民病院 平成四年四月六日から同年七月一六日まで入院

平成四年七月一七日から平成七年八月二八日まで通院(実通院日数一〇日)

傷病名 頸椎不安定症、頸椎々間板ヘルニア

平成四年四月九日、第四ないし第六頸椎前方固定術を施行した(その際、腸骨を採骨して固定した。)。

(6) 琵琶湖中央病院 平成四年七月一六日から同年一〇月二四日まで入院

傷病名 頸椎々間板ヘルニア

(二)  原告は、平成五年一〇月一八日、症状固定との診断を受けたが、そのときの症状は、背部痛、左上肢の一過性の痺れ、早歩き不可、頭重感、左下肢不全麻痺であり、頸椎に疼痛のために軽度から中等度の運動制限(前屈三〇度、後屈二五度、右屈二〇度、左屈二五度、右旋四〇度、左旋四〇度)があった。

(三)  原告の症状のうち、下肢の脱力、全身の脱力は、神経系の傷害ではなく、原告の精神的な原因によると考えられるが、頭重感、背部痛は、頸髄の神経根の損傷によるものと考えられる。

(四)  原告の後遺障害は、労災等級一一級の五(せき柱に変形を残すもの)、九級の七の二(一般的労働能力はあるが、明らかなせき髄症状が残存し、就労の可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの)に該当し、併合八級と認定されており、これに弁論の全趣旨を総合すると、原告の後遺障害は、自賠責後遺障害等級併合八級に相当するものと認めるのが相当であり、これを覆すに足りる証拠はなく、前記入通院治療についても本件事故との因果関係を否定しなければならない事情は見出せない。

四  請求原因4(損害)

1  交通費 二九万五五七〇円

弁論の全趣旨により認められる。

2  休業損害 一九一〇万九二九九円

原告の本件事故前の年収が七六二万二八三五円であったことは当事者間に争いがなく、証拠(原告本人)によれば、原告は、本件事故日(平成三年四月一八日)から症状固定日(平成五年一〇月一八日)までの九一五日間勤務先の医師から就労可能との診断が得られず、休業したことが認められる。

したがって、症状固定日までの休業損害は請求のとおり一九一〇万九二九九円と認めるのが相当である。

3  治療費 四六五万七五九五円

治療費のうち、本人支払分が一〇四万一七六五円であることは当事者間に争いがなく、これに証拠(乙乙三の2、四の2、六の2ないし11、七の2、弁論の全趣旨)を総合すると、治療費の総額は四六五万七五九五円であることが認められる。

4  入院雑費 二六万二六〇〇円

入院二〇三日、一日一三〇〇円の割合

5  付添料

証拠(乙六の1)によれば、大津市民病院での入院について付添看護を要しない旨判断されており、入院付添が必要であったことを認めるに足りる証拠はない。

6  逸失利益 一八一六万〇一八四円

証拠(乙三〇、三一、原告本人)によれば、原告は、平成七年七月六日、客室乗務員として復職したことが認められる(その後原告は全日本空輸株式会社から解雇され、その無効を主張して係争中である。)ことからすると、原告は、右時点においては、前記認定の後遺障害にもかかわらず、本件事故前と同様の就労が可能であったと認められ、これに本件事故の態様(軽微性)を併せ考慮すると、原告の後遺障害による減収を認めるには至らないとも考えられるが、原告の後遺障害の内容、程度及び後記素因減額を行うことも考慮すると、原告の逸失利益については、症状固定から二年間は労働能力喪失率一〇〇パーセント、その後三年間は労働能力喪失率一四パーセントとして算定するのが相当である。

762万2835円×2年=1524万5670円

762万2835×0.14×2.731=291万4514円

7  慰謝料 九〇〇万円

1 入通院分 二〇〇万円

2 後遺障害分 七〇〇万円

五  抗弁1(素因)

1  身体的素因

証拠(甲三の2、乙八ないし一一、一四、一九、二〇、二二ないし二九)によれば、原告には、本件事故前から頸椎不安定症の既往症があり、本件事故により、本件事故による衝撃は比較的軽微であったのにもかかわらず前記認定の症状が発現したことが認められる。

2  心的素因

前記認定の本件事故の状況、治療状況及び同乗者は長期にわたる治療を要する傷害を負わなかったこと(弁論の全趣旨)及び前記認定の治療状況からすると、原告の治療が長期間にわたったことには心的素因が影響していると認められる。

3  以上の身体的素因及び心的素因を考慮すると、前記損害額からその五割を控除するのが衡平にかなうと言うべきである。

そこで、前記損害額からその五割を控除すると、次のとおりとなる。

(一)  交通費、治療費、入院雑費 二六〇万七八八二円

合計五二一万五七六五円の五割

(二)  休業損害、逸失利益 一八六三万四七四一円

合計三七二六万九四八三円パーセント五割

(三)  慰謝料 四五〇万円

九〇〇万円の五割

六  抗弁2(損害填補)

(一)ないし(四)は当事者間に争いがなく、(五)は証拠(乙三二、三三、弁論の全趣旨)により認められる。

1  既払金は次のとおりである。

(一) 自賠責保険金(後遺障害分) 八一九万円

(二)  労災療養補償給付 三一〇万四七一〇円

(三)  労災休業補償給付 六〇九万三二五二円

(四)  労災障害補償給付 七七八万八九五五円

(五)  任意保険会社内払 三四九万〇八六〇円

2 交通費、治療費、入院雑費

二六〇万七八八二円から労災療養補償給付三一〇万四七一〇円を控除すると、填補済みとなる。

3 休業損害、逸失利益 四七五万二五三四円

一八六三万四七四一円から労災休業保障給及び障害補償級の合計一三八八万二二〇七円を控除すると四七五万二五三四円となる。

4 慰謝料 四五〇万円

5 以上を合計すると、九二五万二五三四円となる。

6 自賠責保険金と任意保険会社からの内払の合計は、一一六八万〇八六〇円であるから、原告の本件事故による損害については填補済みとなる。

七  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判官 吉波佳希)

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